夏の初めのことでした。
少女は、庭先のひまわりの水をやりながら、(ひまわりの妖精さん、早く咲かせてね)と

話しかけました。
もう十五才というのに、少女は妖精を信じていました。
花の中には小さな人がいるのだと思っているほど、少女は幼かったのです。
学校で友達が、ボーイフレンドの話をしても、少女にはまるで違う世界の話に思えました。
花が大好きな少女は、内気で淋しがり屋でした。

ある日、少女は、一人の若者を見ました。
自転車で通り過ぎていったその人は、少女と目が合うと、ニコッと笑ったようでした。
花に話しかけながら、水をやっている少女が、とてもかわいらしかったのです。
それまで男の人と話したこともなかった少女には若者の笑顔がまるで
お陽さまのように輝いて見えました。
小さな胸の中になにか、暖かいものが芽生えかけた日に
少女はひまわりにまつわる神話を知りました。
太陽神アポロンにあこがれたクリティという娘が、来る日も来る日も太陽を
向いて立っていていつしか花になったというこのひまわりに水をやる時
少女はわけもなく涙ぐんでしまうのでした。

そして何日かたちました。
真っ青な空に、太陽がひときわまぶしく輝いていた朝、少女のひまわりがとうとう咲きました。
 (なにかいいことありそう…)
庭で、金色の花に見とれていた少女の、横の垣根の外に、自転車の音がしました。
 「こんにちは。いい天気だね」
驚いた少女に、この間の若者が微笑んで言いました。
「…。こんにちは…。」
「花が好きなんだね」
「…。はい」
「ひまわり、きれいに咲いたね。今度、僕にもわけてもらえないかな」
「…。ええ…いつでも…。」
「ありがとう。じゃあまた」
赤くうつむいた少女は、軽い音を立てて走っていく自転車を
黙って見つめているだけでした。

それから毎日、少女は、若者を待つようになりました。
今度会ったら、もっとお話をしたいと思いました。
花の妖精の話、若者が好きな花について…少女の心の中には
若者がいつでも楽しそうに笑っていました。
毎日、垣根の外を、いろんな人が通り過ぎました。
でも、あの若者は、あらわれませんでした。
(もう会えないかもしれない…)少女の小さな胸は、不安でいっぱいでした。
そんな少女を励ますかのように、ひまわりは毎日、咲き続けました。
(きっと明日会えるわ。とても優しそうな人だったもの。ひまわりを下さいって
来てくれるわ…)

ところがそんな少女の、淡い夢がくだける日が来ました。
もしかしたらあの人は、少女のことを好きなのかもしれないと思いはじめ
若者のためだけに大事に世話を続けたひまわりが一番美しく見えた日。
街に出かけた少女は、若者を見かけたのです。
彼の横には、少女と同い年くらいのかわいい娘がいました。
華やかな服を着た娘は、少女と違って明るく元気そうで
やっぱりお陽さまのようにまぶしく見えました。
少女に気づきもしない若者は、娘と笑い合い
楽しそうにしゃべりながら歩いていきました。
声も出せず青ざめた少女は、じっと二人の背中を見つめているだけでした。

何日も泣いて疲れ切った少女は、やがて泣くのをやめました。
また花の世話ができるようになって、少女はかすかな秋の訪れを知りました。
空がだんだん高くなり、風は優しく、少女の周りを吹いてゆきました。
そして、ひまわりの最後の花びらが、風邪のため息に消えていった日に
少女は十六になりました。