少年は少女が好きでした。
二人はいつも、原っぱで遊びました。
少女の好きなのは鬼ごっこで、少年はいつも鬼でした。
少女は、走るのがとても速かったから。
白つめ草の続く野原を駆けていく少女は、まるで蝶々のようでした。
つかまえることができなくて、少年はただ、風のような少女の笑い声と影を
いつまでも追いかけていました。

少年は少女が好きでした。
だからあまり好きでもないままごとも、喜んで相手をしました。
少女の白い指がふれただけで、どんな草も花も、たちまちご飯やおかずになるから不思議でした。
姉さんぶって遊ぶ少女を、少年はいつも、まぶしそうに見ていました。
夕方、空が赤くなると、少女は白つめ草の花で冠を編みました。
少年はどんな宝物より、この草の冠が、そしてそれを編んだ小さな手が
とうとく愛おしく思われました。

少年は少女が好きでした。
少年はいつも、白つめ草の原っぱで、少女を待ちました。
しばらく待っていると、
「遅くなってごめんね」と澄んだ声がして、少女が駆けてくるのでした。
遊び疲れた時、二人は草の上に寝ころんで、空を見ながらおしゃべりするのでした。
そんな時、少年は決まって聞き役でした。
少女のかわいい声をたくさん聞きたかったから。
時々、少女は、「大人になったらなんになるの?」と聞きました。
そして、少年の答えを待たずに、
「私、お嫁さんになるの。真っ白なドレスを着てヴェールを飾るの。そして、お花を持って
教会に行くのよ」と言うのでした。
少年は、ウェディングドレスを着た少女の姿を思い浮かべ、その隣に並べたらいいなって
考えるのでした。


ある夕方、うちに帰ろうとした少女が、思いだしたように言いました。
「私、お引っ越しするかもしれないの。ママとパパが話してたわ」
少年は思わず、持っていた冠を、落としてしまいました。
「いつなの?」
「わかんないけど、まだまだ先だと思うわ」
「ほんとう?」 
少年は、ドキドキする胸の鼓動が、聞こえやしないかと心配しました。
「引っ越す時は、教えてくれる?」

「ええ。指切りね」
「…うん」
少女の白い指とからんだ少年の指は、ちょっぴり赤くなりました。

その夜、少年は、熱を出しました。
熱に浮かされながら、少年は、少女にあげるプレゼントを、考えていました。
一生けんめいためたおこづかいで、大きな人形が買えるだろうか…。
少年は、少女の誕生日に、初めて贈り物をするつもりだったのです。

一週間して、やっと風邪が治った少年は、いつもの原っぱへ行きました。
少年の心は、久しぶりに少女に会える喜びで、いっぱいでした。
少女の家の引っ越しが急に決まり、昨日、遠くに行ってしまったことも
知らないで。
ただじっと、少女を待っている少年を、やさしいお昼過ぎの風が
なぐさめるように通り過ぎていき
白つめ草の花が、キラリと光りました。