若者が都会へ行ってしまってから、もう五年たちました。
娘は、恋人をずっと待ち続けました。
若者は、嘘をつくような人じゃなかったから。
だって彼は、旅立つ時に、こう言ったのです。
「僕たちにはお金がない。君を幸せにしてあげるためにいい仕事をしたいんだ。
 きっと成功して戻ってくるから、もう少し我慢していてくれ。
 そうしたら、君は僕の、奥さんだからね」

五年もの長い間、娘はただ、じっと待っていました。
娘は早くに両親を亡くしていて、頼る人といったら若者しかいなかったのです。
天気のいい休みの日には、恋人との思い出の公園に出かけ、暗くなるまで、一人で座っていました。
ある時は本を読みながら。 ある時は編み物をしながら。
たくさんの人が、娘のそばを通っていきました。
「誰かを待ってるの? でなきゃ、友達を探しているの? よかったらお茶でも飲みにいかない?」
いつも一人で座っている娘に、ためらいがちに声をかける優しい若者もいました。
でも娘は、いつも微笑んで答えるだけでした。
「ありがとう。でも、もうすぐあの人が来るんです」
娘には、恋人の言葉を疑うなんて、考えられなかったのです。

孤独な娘にとって、花を育てることは生きがいでした。
小さなひとつぶの種が、大きくなっていくのを見ていると、それだけ、若者の帰りが早くなるように
思われました。
娘は、キキョウが特に好きで、たくさん育てていました。
秋の終わりには、花を摘み、花の汁をしぼって、両手の親指と人差し指につけ、昔、なにかの
童話で読んだように、四本の青い指で、ひし形の窓を作ってみるのでした。
そうしたら、窓から大好きな人が見えるというから。
でも窓は、娘にはなにも、見せてくれませんでした。

また一年が過ぎ、いつしか、秋の終わりが訪れました。
娘はいつものように、キキョウの花を集めて、しぼり汁をガラス瓶に入れました。
雨がしとしと降る小寒い日でした。
娘はキキョウの汁を指先に塗り、窓を作ってはこわし、作ってはこわし、ぼんやりと座っていました。
その時、娘はなつかしい恋人の声を聞きました。
その声は、娘の名前を呼んだようでした。
娘は走っていき、ドアを開けました。
そこには、雨のしずくでキラキラと輝いている、六年前とちっとも変わらない若者の姿があったのです。
娘は、夢かと思いながら、若者を迎えました。


「ごめん、遅くなったね。一生けんめい働いたんだけど、なかなかお金が貯まらなくて…。
でも、もう大丈夫だよ」
濡れた服を着替え、熱い紅茶を飲んだ若者は、以前と同じ優しい声で言いました。
「六年の間、きっと一人で、ずいぶん苦労しただろうね。よく我慢して、待っていてくれたね」

「だって私、あなたを信じていたもの。六年なんてちっとも長くなかったわ。 
 あなたを待つなら、十年でも二十年でも平気よ」
娘は、ニッコリと微笑みました。
若者は、なつかしい部屋を見回しました。
「ここはちっとも変わってないね。六年前に戻ったようだよ」
若者は、テーブルに置いてある筆と、ガラス瓶の青い水に気がつきました。
「これはなに?」
娘は答える代わりに、指を広げて、キキョウの汁を塗りました。
「こんな風に、四本の指で窓を作ると、好きな人が見えるっていうから
ずっと作っていたの。でも見えなかった…。だけど本当だったのね。
ほら、あなたが見える…」
ひし形の窓越しに若者を見つめた娘は、だんだん若者の笑顔がぼやけて
揺れ始めたのを見てあわてて窓をこわし、大好きな人の胸の中に
飛び込んでいきました。
(とうとうあの人を見つけたわ…)
娘は、六年分の涙で若者の胸を濡らしました。